CISAゼロトラスト成熟度モデル:次世代セキュリティへのロードマップ

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筆者名:城咲子(じょう せきこ)

情報システム部でセキュリティを担当している城咲子です。セキュリティに関する情報や日常の出来事(グチやボヤキ笑)などを発信していきます。(情報処理安全確保支援士/登録セキスペ/CISSP)

\ 好きなことば /

  • 最小権限の原則
  • 測定できなければ管理できない!
  • 失敗する可能性のあるものは、いずれ失敗する。

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「誰も信用しない」ゼロトラストの原則

こんにちは、城咲子です。今日のサイバーセキュリティ環境は、かつてのような「社内ネットワークは安全、社外は危険」という境界型防御の考え方では通用しなくなっています。クラウドサービスの利用拡大、リモートワークの普及、そして巧妙化するサイバー攻撃により、ネットワークの内部にも脅威が存在するという前提に立つ必要があります。

そこで注目されているのが、「ゼロトラスト(Zero Trust)」というセキュリティモデルです。「決して信用せず、常に検証する(Never Trust, Always Verify)」を基本原則とし、ネットワーク内外問わず、すべてのユーザーやデバイス、アプリケーションに対して、アクセスを許可する前に厳格な検証を行うことを求めます。最小特権の原則に基づき、必要なものに、必要な時だけ、必要なアクセス権を与えることで、たとえ攻撃者がネットワークに侵入したとしても、その影響範囲を最小限に抑えることを目指します。

CISAゼロトラスト成熟度モデルとは?

このゼロトラストの概念を組織が具体的にどのように導入し、成熟させていくべきかを示すためのガイドラインが、米国のCISA(Cybersecurity and Infrastructure Security Agency:サイバーセキュリティ・インフラストラクチャセキュリティ庁)によって開発された「CISAゼロトラスト成熟度モデル(CISA Zero Trust Maturity Model)」です。

CISAのゼロトラスト成熟度モデルは、組織がゼロトラストアーキテクチャへの移行計画を策定し、実施するためのロードマップとして機能します。これは、単にセキュリティ製品を導入するだけでなく、組織のセキュリティ戦略、プロセス、文化そのものをゼロトラストの原則に合わせて変革していくための指針となります。

5つの「柱(Pillars)」と3つの「横断的機能(Cross-Cutting Capabilities)」

CISAのゼロトラスト成熟度モデルは、主に以下の5つの「柱(Pillars)」と、それらを横断する3つの「横断的機能(Cross-Cutting Capabilities)」で構成されています。

5つの柱:

  1. Identity(アイデンティティ): ユーザーやエンティティの認証と認可に焦点を当てます。すべてのアクセス決定において、ユーザーのアイデンティティが厳格に検証されることを目指します。

    • 例:多要素認証(MFA)の義務化、ロールベースアクセス制御(RBAC)、属性ベースアクセス制御(ABAC)の導入。
  2. Device(デバイス): ネットワークに接続されるすべてのデバイス(PC、モバイル、IoTデバイスなど)のセキュリティ状態を評価し、制御します。

    • 例:デバイスの健全性チェック、パッチ管理、モバイルデバイス管理(MDM)の活用。
  3. Network/Environment(ネットワーク/環境): ネットワークセグメンテーション(マイクロセグメンテーションを含む)を強化し、すべての通信を保護します。ネットワークの場所に関わらず、アクセスが安全であることを保証します。

    • 例:TLSによるすべての通信の暗号化、ゼロトラストネットワークアクセス(ZTNA)の導入。
  4. Application & Workload(アプリケーションとワークロード): アプリケーションやワークロード(クラウド上のサービスやコンテナなど)へのアクセスを保護し、そのセキュリティ状態を管理します。

    • 例:APIセキュリティ、DevSecOpsの統合、脆弱性スキャンの自動化。
  5. Data(データ): データの分類、暗号化、アクセス制御を通じて、最も重要な資産であるデータを保護します。

    • 例:データ分類、データ損失防止(DLP)、データ暗号化。

3つの横断的機能:

これらの柱を支え、効果的に機能させるための共通基盤となる要素です。

  1. Visibility & Analytics(可視化と分析): ネットワークトラフィック、ユーザー行動、デバイス状態など、あらゆるセキュリティ関連データを収集・分析し、包括的な状況認識を可能にします。
  2. Automation & Orchestration(自動化とオーケストレーション): セキュリティポリシーの適用、脅威の検知と対応、ワークフローの自動化を通じて、セキュリティ運用の効率と迅速性を向上させます。
  3. Governance(ガバナンス): ゼロトラスト戦略を推進するための組織的なポリシー、標準、プロセスを確立し、維持します。

4つの成熟度ステージ

CISAのモデルでは、組織がゼロトラストの導入においてたどる典型的な4つの成熟度ステージが定義されています。

  1. Traditional(従来型): 従来の境界型防御が主で、手動運用が多く、ゼロトラストの要素がほとんどない状態。
  2. Initial(初期): ゼロトラストの概念を理解し、一部の要素(例:多要素認証)を導入し始めた段階。手動プロセスがまだ多い。
  3. Advanced(高度): 各柱でゼロトラストの要素を広範囲に導入し、自動化や統合が進んでいる段階。リスク評価に基づいた動的なアクセス制御が一部で可能。
  4. Optimal(最適): ゼロトラストの原則が組織全体に完全に組み込まれ、高度な自動化、継続的な監視、動的なポリシー適用が実現されている理想的な状態。

各ステージにおいて、上記の5つの柱と3つの横断的機能ごとに具体的な達成目標が示されており、組織は自社の現状を評価し、次のステップに進むための具体的な指針を得ることができます。

セキュリティ専門家として:ゼロトラスト成熟度モデル活用の重要性

CISAゼロトラスト成熟度モデルは、単なるガイドラインではなく、組織のサイバーセキュリティ戦略を根本から見直し、強化するための非常に強力なツールです。

  • 計画策定の指針: ゼロトラスト導入に向けた具体的な計画を段階的に策定する際に、体系的なフレームワークを提供します。
  • 現状評価とギャップ分析: 自社の現在のセキュリティポスチャーをモデルのステージに照らし合わせることで、何が不足しているのか、どこに優先的に投資すべきかが明確になります。
  • 継続的な改善: ゼロトラストは一度導入したら終わりではなく、継続的な改善が必要です。このモデルは、その改善プロセスを管理するための明確な基準を提供します。
  • 政府機関の要請への対応: 特に米国政府機関は、ゼロトラストアーキテクチャへの移行を義務付けられており、このモデルはその遵守の主要な基準となります。

ゼロトラストは、現代の複雑なサイバー脅威から組織を守るための不可欠なアプローチです。CISAゼロトラスト成熟度モデルを理解し、活用することで、貴社のセキュリティポスチャーを最適化し、デジタル時代を安全に航海できるでしょう。